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新潟地方裁判所 昭和42年(わ)121号 判決

被告人 工藤義夫 外二名

主文

被告人工藤義夫および同上村新一を各懲役一年に処する。

右被告人両名に対しては、この裁判確定の日から各三年間右刑の執行を猶予する。

被告人工藤克郎に対する本件各事件を新潟家庭裁判所に移送する。

訴訟費用中、証人山田武雄に支給した分については、これを三分し、各その一を被告人工藤義夫および同上村新一の、証人野沢恒男に支給した分については被告人工藤義夫の、証人広野哲衛に支給した分については被告人上村新一の各負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、昭和四二年五月一三日夜被告人工藤克郎方で、少年工藤寛二、同上村不二雄および同金田和夫と雑談中、夜間のドライブが提案され、全員金田和夫方自家用の普通貨物自動車(新四ぬ四五五二号)に乗り、金田和夫運転のもとに途中飲食店に立寄つてビールを飲んだうえ、新潟市内へ遊びに出たものであるが、同月一四日午前一時三〇分ころ、市内を走行中新潟市東堀前通八番町一、三七三番地付近において、左後輪がパンクしたため、途中から車内で眠つていた被告人工藤義夫および同上村新一を除き、その他の者で善後策を協議した結果、

第一、被告人工藤克郎は少年であるが、工藤寛二、上村不二雄および金田和夫と共謀のうえ、当時スペアタイヤがなく、深夜修理店も見当らないところから、駐車中の他人の車から同型のタイヤをはずして取りつけることとし、たまたま前記駐車した地点からほど近い同所一、三七三番地細川敏正方付近路上に駐車中の有限会社市民センター所有の普通乗用自動車(新五な一三五二号)から左後輪タイヤ(ホイル付)一本(時価一万円相当)を取りはずして窃取し、ついでこれを前記貨物自動車にとりつけようとしていたが、折柄所用のため戻つてきた同センター社員山田武雄(昭和一七年二月二一日生)に発見され質問されるうち、そのころ車外の騒ぎに気づき、事情を知つて介入した工藤義夫が応待し一応は謝罪したものの、山田から前記センターまでの同行者を求められ、いずれもこれに応じなかつたところから、同人が窃盗犯人の一員として工藤義夫を逮捕しようとするや、被告人工藤克郎において、工藤義夫を拘束されることにより生ずる自己および他の窃盗共犯者らの逮捕を免れるため所携のナツトしめ金具(ハズナツトボツクスレンチ長さ約三四センチメートル)(昭和四二年押第三三号符一号)を振りあげて、殴打するような気勢を示して脅迫し、これにひるんだ山田が工藤義夫を放し、たまたま通りかかつたタクシーを見て運転手に最寄り交番への連絡を依頼している間、急遽原状に復した前記貨物自動車で金田和夫運転により逃走をはじめたが、間もなく山田が被告人らを逮捕しようとして同車後部バンバーに足をのせ、アオリに手をかけて飛び乗つているのに気付くや、被告人工藤克郎においては、前記窃盗共犯者と共に逮捕を免れる意図で、被告人工藤義夫および同上村新一においては、被告人工藤克郎ら窃盗犯人の逮捕を免れさせる意図のもとに、同車が前記タイヤのパンクのため、走行中自然の蛇行を生じ、車体の動揺も著しいので、そのまま疾走すれば、山田が車体の動揺等により道路上に転落する危険の高いことを予想しながら、被告人ら三名は他の同乗者とともに、山田の転落を予期しつつ、あえて自車を疾走させるという暴行を加えることを共謀のうえ、口々に運転する金田和夫に加速等を指示し、時速約四〇キロメートルで自車を疾走させて山田の反抗を抑圧し、同市本町通八番町一、三五〇番地先道路上において、車体の動揺により右山田をして車体から足をふみはずさせて道路上に転落させ、よつて同人に加療約一〇日間を要する右膝部、右肘部、左手背部擦過創の傷害を負わせ

第二、被告人三名は、前記工藤寛二、上村不二雄および金田和夫と逃走中、同日午前二時すぎころ、同市下大川前通七ノ丁二、二三〇番地先道路において、右少年三名と共謀のうえ、同所に駐車してあつた株式会社中村石油商会所有の普通貨物自動車(新四よ六二九六号)の左後輪タイヤ(ホイル付)一本(時価一万二、〇〇〇円相当)を窃取し

第三、被告人工藤克郎は法定の除外事由がないのに、同日同市流作場字下島二、五二五番地先道路において、刃渡約二〇・五センチメートルのあいくち一振(前同符二号)を所持したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点に対する判断)

一、被告人工藤義夫の窃盗事実について

右被告人の当公判廷における供述によると、被告人は判示市民センター所有車のタイヤ窃取当時、酒に酔つて車中で仮睡していたため、右窃盗行為には全く無関係であつたと述べ、相被告人工藤克郎ならびに証人工藤寛二、右上村不二雄および同武田哲夫の当公判廷における各供述も同趣旨の事実を述べているのであるが、被告人の司法警察員および検察官に対する昭和四二年五月二二日付各供述調書によると、いずれも被告人自らが右窃盗の直接共同犯行者であつたことを認めており、また被告人の検察官に対する同年五月二三日付供述調書によると、被告人は相被告人工藤克郎らの右窃盗行為に際しては、その意図を告げられながらも直接犯行には参加せず、判示貨物自動車の周辺に立つていて、見張役をつとめたと述べ、その供述調書間に変遷を示しているばかりでなく、被告人ら同行六名の者の公判廷の供述および供述調書間にも、それぞれくい違いが認められるので、慎重な検討が必要である。

まず被告人の犯行前の行動状況については、前記司法警察員に対する各供述調書によると、被告人が判示パンクに気づいたのは、現場付近で停車し、全員付近の映画館の看板を見に行き、五分位して全員が車に戻つてから発見したものであると述べているのであるが、右供述はその真実性につき一応疑問を懐いたと思われる取調官の再確認を経た部分とはいえ、他の関係証拠、特に一部類似する工藤寛二の検察官に対する供述調書(その基礎たる司法警察員に対する昭和四二年五月一四日付供述調書の具体的内容と合せ考え)と対比しても特異なものであつて、判示の如くパンクは走行中気づいたものと認められる以上、右部分は信用できず、従つて被告人が相被告人らと、最初からパンクの事実を気づいていたものとする証拠には到底採用できない。そこでさらに他の関係証拠をみるに、被告人の右窃盗共同事実に触れているのは、前掲被告人の供述調書を除けば、上村不二雄の検察官に対する供述調書のみであるが、他の証拠はすべて被告人の窃盗行為の参加を否定し、それらのうちには被告人が車中で上村新一とともに眠つていたことを明白に述べているので、各対比考察すると、この点に関する前記上村不二雄の供述調書は採用できない。以上の観点から各関係証拠を総合して考えると、被告人は、当公判廷において述べるように、ビール飲酒後漸次車中で仮睡に陥り、相被告人工藤克郎らの判示タイヤ窃盗行為には全く加担していなかつたものと認めるのが相当である。もつとも被告人は、当公判廷の冒頭事実認否の段階で右窃盗事実を認めているのであるが、右は被害者山田との判示応接介入の事実と、他の窃盗犯行者との仲間意識から、共同犯行の責任を免れえないものと観念したことによるものと認められ、同様の理由から前記窃盗事実の自白調書も、自ら特異な原因事実を創作し、つじつまを合せたものと考えられるので、いずれも採用できず、従つて前記認定を左右するものではないといわねばならぬ。

二、被告人らの判示自動車疾走暴行の認識について

被告人らは、被害者山田武雄の飛び乗りには全く気づかなかつたというのであるが、当時被告人らは、山田が通行のタクシー運転手に警察連絡の依頼を感じながら、その僅かな間隙を利用して逃走したものであつて、運転の金田和夫(この点について、被告人らおよび判示共犯者らの各供述調書では、警察取調段階以来一貫して運転したものは被告人上村新一であると述べているが、被告人らは逮捕される間、金田の無免許運転を心配し、運転免許を有する上村が運転していたことに打ち合せをしたことが認められ、また金田も無免許ではあるが、判示自動車も自家用のものであつて、従来屡々運転していたことが認められること、および被告人上村は、前示タイヤ窃取当時、飲酒酩酊のため車中で仮睡していたことが認められるので、以上の事実を総合すると、運転は金田が担当していたものと認めるのが相当である。従つて右事実に関する限り、前記各供述調書は、被告人らの虚偽に基づく供述であつて採用の限りでないが、そのため被告人および共犯者間の各供述調書にくい違いがみられるほか、すでに前記一において指摘した点、その他各供述内容の具体性もそれぞれ特色があるので、その取調状況を合せ考えると、右各供述調書はいずれも任意性を有するものと認められる。)に対し、口々に加速等を指示しているので、それらの状況から被告人らも山田ないしタクシーの行動に関心を懐くのが自然であつて、被告人工藤義夫および同工藤克郎も、当公判廷において後方を振り返つたことを述べており、被害者山田の当公判廷における供述と上村不二雄および工藤寛二の検察官に対する各供述調書を対比考察すると、被害者の落下ないし車を離れた地点、状況について、ほぼ的確で具体的状況が述べられていることが認められ、これに被告人らの各検察官に対する各供述調書を合せ考えれば、被告人らが山田の飛び乗りに気づき、しかもそのままあえて疾走したものと認めるのが相当である。

(法令の適用等)

一、被告人工藤義夫および同上村新一について

被告人らの判示第一の所為は各刑法第六五条第一項、第二四〇条前段、第六〇条に該当するが、被告人らには窃盗犯人の身分がないので、同法第六五条第二項により傷害罪の限度において科刑することとし、各同法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第二の所為は各刑法第二三五条、第六〇条に該当するところ、判示第一の罪については各懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪なので、同法第四七条本文第一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした各刑期の範囲内で、被告人工藤義夫および上村新一をそれぞれ懲役一年に処し、なお、右被告人両名については、本件についていずれも被害弁償がなされ、判示第一の犯行により負傷した被害者も完治し、被告人らに対しても現在宥恕していること、被告人両名とも交通違反による前科が一回あるのみで年令も若く、深く反省の意を示し、正業にも従事し、各雇主も今後とも雇傭継続の意向があることなど諸般の事情を考慮し、この際右被告人らに更生の機会を与えるため、右被告人両名に対し、同法第二五条第一項を適用してこの裁判の確定した日から各三年間右刑の執行を猶予することとする。

二、被告人工藤克郎について

被告人工藤克郎の判示第一の所為は刑法第二四〇条前段、第六〇条に、判示第二の所為は同法第二三五条、第六〇条に、判示第三の所為は銃砲刀剣類所持等取締法第三一条の三第一号、第三条第一項にそれぞれ該当するが、当裁判所は被告人に対する本件各事件を新潟家庭裁判所に移送するのを相当と考えるので、以下その理由を略記する。

被告人は、魯鈍域の知能水準にあり、その性格も無思慮で即行性は偏倚である。従つて意思の自立性と抑制力に欠ける特徴を有し、家庭は円満であるが、子女の保護指導については無定見、放任状態なうえ、地域的環境も不良のようで、性格上環境的悪影響をうけやすく、本件犯行もその一端を示すものと認められる。ただ被告人にはこれまで非行歴がないので、本件各犯行に徴し非行に陥り易い要素はあるにせよ、その非行性はさほど強いものとは思われない。ところで本件犯行をみるに、なかんずく判示第一の犯行は、偶発的な原因に由来するものではあるが、これが被告人の前記資質と相まつて指導的役割を演じ、加うるに集団的行動の影響と高速機動性とが結合し、思わざる重罪を敢行し、しかも一旦の危機を脱するとみるや、性懲りもなく、再びタイヤ盗を主唱して敢行しているので、本件犯罪の性質、被告人の指導的役割を考えると軽視しえないものがあり、少年でありながらひとり本件公判に付せられるに至つたのも故なしとしない。しかし本件犯行の原因、結果的な被害等の程度、被告人の生活歴、非行性および現況を考えると、他の少年の共犯者がいずれも家庭裁判所限りで処置せられている現状においては、本件が主要犯罪において、集団的影響のもとに遂行されたものであり、かつ、全員のために共同下になされたものであることを考えると、被告人ひとりに全面的な重責を負担せしめることは、法律上やむをえないところとはいえ、処遇上均衡を失する感を免れず、しかも被告人が少年で矯正教育に適し、現在正業に従事して堅実な生活を送つており、更生の余地も大なることに留意すれば、刑政上その趣旨に則した処遇をし、被告人を健全な社会人に育成することが適当であり、社会にとつても有用である。よつて被告人に対しては本件一切の事情を考慮し、今一度専門機関の判断と指導に委ねることが相当であると認められるので、少年法第五五条により、本件各事件を新潟家庭裁判所に移送することとする。

三、訴訟費用について

訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により、主文第四項掲記のように被告人工藤義夫および同上村新一に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 高山政一 佐久間重吉 戸田初雄)

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